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最高裁判所第三小法廷 平成2年(行ツ)25号 判決 1990年7月03日

イギリス国

マーシーサイド・ウイラル・ポートサンライト

上告人

ユニリバー・ピー・エル・シー

右代表者

シー・エイ・クラゴー

右訴訟代理人弁護士

品川澄雄

同弁理士

川口義雄

名古屋市中区千代田四丁目五番一六号

被上告人

株式会社 フジチク

右代表者代表取締役

藤村芳治

右当事者間の東京高等裁判所昭和六三年(行ケ)第一六三号審決取消請求事件について、同裁判所が平成元年八月一六日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人品川澄雄、同川口義雄の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 坂上壽夫 裁判官 貞家克己 裁判官 園部逸夫 裁判官 佐藤庄市郎 裁判官 可部恒雄)

(平成二年(行ツ)第二五号 上告人 ユニリバー・ピー・エル・シー)

上告代理人品川澄雄、同川口義雄の上告理由

一、上告理由第一点

原判決には理由不備の違法があり、民事訴訟法第三九五条第一項第六号に該当する。

1、本件は、商標法第五〇条に定める商標登録の取消の審判の審決取消請求事件である。

原判決の事実摘示の項に記載の如く、審決は、被請求人が本件商標使用の具体的証左の一つとして提出した「紙袋」(原審における甲第四号証の五添付の紙袋)について、

(一)、右「紙袋」は、審判における乙第五号証においても、「バーガー袋」と称されている如く、又その形状印刷表示等よりしても、「ムツターズ」店の主力商品である「各種バーガー」、「ホツードツグ」類に専ら使用するために用意されたものとみるのが自然である。

(二)、右「紙袋」は主として店内飲食時に供される「バーガー」、「ホツトドツグ」等を入れる言わば食器(容器)代りの類いのものと言えるもので商標法にいわゆる商品包装とは言い難い。

(三)、仮りに右「紙袋」に前記商品或いはそれ以外の商品(たとえば「パン」)を入れて持ち帰ることがあったとしても、右「紙袋」の使用は、本件商標をその指定商品に使用したことにならない。

(四)、右以外に被請求人が本件審判請求の登録前三年以内に日本国内において、本件商標使用していた事実を認定し得る証拠はない。

旨を理由として、本件商標登録の取消の審決をなした。原判決は右審決には判断を誤った違法があるとして取消したのであるが、原判決には左の如き理由不備の違法がある。

2、商標法第五〇条第一項は、

「継続して三年以上日本国内において商標権者、専用使用権者又は通常使用権者のいずれもが各指定商品の登録商標の使用をしていないときは、その指定商品に係る商標登録を取り消すことについて審判を請求することができる。」

と規定する。

商標法第五〇条は、昭和五〇年に改正されたが、その改正により、登録商標の使用に関する挙証責任は、審判被請求人たる商標権者に負担せしめることとされたと解されている。

それ故、被請求人が、「商標登録の取消審判の設定登録の日前三年以内に日本国内において商標権者、専用使用権者又は通常使用権者のいずれかが、各指定商品について、登録商標の使用をしていた」との事実が立証されない限り、当該商標登録は審判によって取り消されねばならない。

前記の如く、審決は、被請求人の主張立証する「ムツターズ」店における「紙袋」の使用は、指定商品についての本件商標の使用ではないとして被請求人の主張を却けた。

原判決は、これに対して、

「本件商標は、本件審判の請求の登録前三年以内に日本国内においてその指定商品につき使用されていたのであるから、これを、使用されていなかったとして本件審決の認定判断は誤りである」

と判示している。

しかし、原判決の認定事実並びに原審において取調べられた証拠に徴しても、原判決が本件商標をその指定商品について使用していたとする「ムツターズ」第一号店(ムツターズ蟹江店)、又は、これを経営する訴外株式会社ビツグミートが、本件商標権について通常使用権を有しており、通常使用権者であったと認定し得る証拠は見当らない。

通常、使用権に触れた唯一の証拠としては、平成元年三月三〇日付の原告会社フジチク社長室長尾林克美作成の東京高等裁判所宛の陳述書(甲第五号証の一)が存在し、同号証には、

「従って、株式会社ビツグミートは、株式会社フジチクの商標登録第一六一五四一二号『マイスターMEISTER』(第三〇類)の通常使用権者であります。」

と記載されているが、原審において明らかにされた全事実関係に徴すれば、決して、右の如く、「従って、通常使用権者である」と言い得るものではない。以下これを明らかにする。

3、(一)、右陳述書において、作成者尾林克美は、甲第四号証の五に添付の紙袋の「使用の後残りを、株式会社ビツグミートの経営するムツターズにて使用させるため、株式会社ビツグミートに渡し、ムツターズに送らせたものである」と述べ、これを理由として「従って株式会社ビツグミートは、……(本件登録商標の)……通常使用権者である」と記述している。しかし、

(二)、右紙袋は、甲第四号証の五(証明願、証明書)に示されるとおり、昭和五九年九月二八日に株式会社折兼から、原告会社の別の系列会社たる名古屋ムツターハム販売株式会社に、その発註に応じて納入されたものであり、一方、「ムツターズ」一号店を経営する株式会社ビツグミートの設立は昭和六一年三月一七日(甲第一〇号証)であり、「ムツターズ」一号店の開店は同年一二月五日であるから、右紙袋の納入当時には「ムツターズ」一号店は勿論のこと、株式会社ビツグミートも存在していなかった。

(三)、他方、原告会社は本件商標(その指定商品は第三〇類「菓子、パン」である。)の他に、本件商標と同じく「マイスター」及び「MEISTER」の文字を二段に横書きしてなるが、指定商品を第三二類「食肉、卵、食用水産物、野菜、果実、ハム、ソーセージ、ベーコン、ハンバーグステーキ、肉のかん詰、レトルバウチされたカレーライスのもと、サンドイツチ、ホツトドツグ、その他本類に属する商品」とする登録商標(以下、原告の別商標という)を有しており(甲第四号証の八(一)、同(二))、原告会社は食肉の販売並びにハム、ソーセージ等食肉加工品の製造販売を専業とする会社であり(甲第四号証の七)、前記紙袋の発註者たる名古屋ムツターハム販売株式会社は、原告会社のハム、ソーセージ等の食肉加工製品を名古屋地区における販売を担当する子会社であって(甲第五号証の一)、原告の系列会社において、菓子、パン類に属する商品の販売を伴なう「フアーストフード(外食産業)」を業として行なったのは、株式会社ビツグミート以外には存在しなかった(森坂証人の証言速記録中、「株式会社フジチクが外食産業、フアーストフードへの進出のため」ということが株式会社ビツグミートの設立目的であったとする証言並びに甲第四号証の一「中部経済新聞」各参照)から、本件紙袋が、原告の別商標の指定商品類の包袋として使用するために発註、納入され、名古屋城博(昭和五九年九月~一一月)並びにインポートフエア(昭和六〇年三月二一日~四月一四日)に、名古屋ムツターハム販売株式会社によつて、右別商標の指定商品類の包装として使用されたものである。右事実は、さらに、森坂証人が、

「甲第四号証の五を示す。

その紙袋ですけれども、その『ムツター、MUTTER』という商標は、それは、なんの商標ですか。」との問に答えて、

『これは、ハム、ソーセージの商標です。』(平成元年四月二六日の速記録二〇丁)

と答えていることから判る如く、原告は、「ムツター、MUTTER」なる文字からなり、指定商品を第三二類「ハム、ソーセージ等」とする別商標をも有しており、該商標が、本件紙袋の表裏両面に存在する図柄の中央に明瞭に示されていることからも疑いがない。

従って、森坂証人が、右証言に続けて、

「それから、そこに書いてある『マイスター、MEISTER』というのは、なんの商標ですか。」

との問に対して、

「後で聞かされまして、これは、パン類の商標です。」(同丁)

と答えているのは、何びとかの後日の誤導によるものであって、正しく事実関係を認識する限り、「これも指定商品を第三二類『ハム、ソーセージ等』とする本件商標とは別の商標です」と答えるべきであったと言えよう。

かように、本件紙袋は、名古屋ムツターハム販売株式会社がその商品たる前記別商標の指定商品の包装として発註し、使用していた紙袋の使用残りの紙袋である。

(四)、尾林克美の前記陳述書(甲第五号証の一)によれば、かかる本件紙袋の「使用の後残りを、株式会社ビツグミートの経営するムツターズにて使用させるため、株式会社ビツグミートに渡し、ムツターズに送らせた」から、「従って、株式会社ビツグミートは、株式会社フジチクの商標登録第一六一五四一二号『マイスター、MEISTER』(第三〇類)の通常使用権者であります。」と言うのである。

しかし、原審において明らかにされた事実関係に徴すれば、決してそのようには判断することができない。すなわち、株式会社ビツグミートの外食産業課課長であり、「ムツターズ」一号店の開店時からはその一号店(蟹江店)店長でもあった森坂義孝(甲第五号証の二)の証言によると、

(1)、本件使用残の紙袋を受取ったのは、「ムツターズ」一号店の開店の直前たる三、四日前であり、(平成元年五月三一日の速記録八丁)、

(2)、株式会社ビツグミートにおける森坂の上司たる梅原欣志郎業務部長からは、紙袋の使用につき具体的な話があった記憶は何もなく(九丁)、

(3)、どういう経緯、理由によって、本件紙袋を使わねばならぬかについては、

「その辺のところは、私は、フジチクの社長室長の尾林さんから、これを使えという指令だけでしたので、その辺のところは深くも追求はしなかったです。」(平成元年四月二六日付の速記録一八丁)

と述べ、使えと言われたとき、店長として、むしろ「ちょっと、びっくりしました。」(二二丁)と言い、その理由として、

「まあ、これ(上告人註、本件紙袋)を見たときに、一応『ムツター』とはありますけれども、『ムツターズ』という名前がないですし(原告註、店名が『ムツターズ』一号店である。)、まあ、使えということなんで使いましたけれども、その時点では、一応、使うことに疑問は感じました。」(二二丁)

と証言しているのである。

かかる事実関係に徴すれば、「ムツターズ」一号店の店長森坂義孝は、原告会社の社長室長尾林克美から、もともと指定商品を第三二類とする別商標の指定商品の包装として製作され使用された本件紙袋の使用残りを、その店で使うように指示を受けたに留まり、右別商標とは異なる本件商標について通常使用権の許諾契約が締結されたと認定するに足る証拠は全く存在しないと言わねばならない。このことは、森坂が当時、本件商標の存在すら知らなかったと思われる証言をしていること(一七丁)からも裏付けることができよう。

要するに、前記尾林克美が本件紙袋の使用残りを「ムツターズ」一号店の店長森坂義孝に渡した目的は、これを同店で使い切ることに在り、偶々同店では焼きパンをも販売しており、本件紙袋がその焼きパンを容れるにも使用されたと言うに過ぎないのである。

4、審決は、前記の如く、「ムツターズ」第一号店における前記「紙袋」の使用は本件商標をその指定商品に使用したものとは言い得ないとして被請求人の主張を却けた。従って、審決の認定判断に従えば、右使用が本件商標の

通常使用権者による使用であるか否かを審理判断する必要も理由もなかった。

しかし、原判決書事実摘示の項に記載の如く、原告は、「本件審決は、原告の商標権の通常使用権者である訴外株式会社ビツグミートが、その経営する『ムツターズ』第一号店においてパン及び菓子を、本件商標を表示している紙袋に入れて、昭和六一年一二月五日以降販売していたにもかかわらず、この点の事実認定を誤っている」旨の審決の違法を主張してその取り消しを求めているのであり、被告はこれを争っているのであるから、原判決は、原告の右主張に対する認定判断を示さねばならず、審決を取り消すためには、商標法第五〇条第一項に記載の前記要件事実の全てを認容せねばならない。

しかるに、原判決は、前記「紙袋」の使用が本件商標権の通常使用権者による使用であるか否かについて、全く判断を加えていないばかりでなく、証拠に徴すれば、訴外株式会社ビツグミート又は「ムツターズ」第一号店が通常使用権を有していたとは認め得ないから、原判決には理由不備の違法が存在する。

二、上告理由第二点

原判決は、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の違背がある。

1、 審決は、前記の如く、前記「紙袋」は、商品包装とは言い難く、又、右「紙袋」に例えばパンを入れて持ち帰ることがあったとしても、それは本件商標をその指定商品に使用したとは言い得ないとした。

これに対して原判決は、パン、菓子を

「パン、菓子を本件紙袋に入れて販売した行為は、前叙の店内飲食の場合においても、持ち帰りの場合においても、パン、菓子について商標法二条三項二号に規定する『商品の包装に標章を付したものを譲渡する行為』に該当する」と認定した。

しかしながら、この認定は商標法第二条第三項第二号の解釈を誤ったものであり、従って、原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の違背がある。

2、 各種の小売店で、顧客の購入商品の持帰りの便宜のために提供される袋ないし紙には、デパートのシヨツピングバッグ、スーパーのスーパー袋(イージーバツグ)から焼いも屋の新聞紙まである(これらは、本来、顧客サービス用のものであるから、以下「サービス包装」という。)。これは店頭陳列時に既にほどこされ、顧客の購買意志決定を左右する商品の包装とは本質的に異なる。後者は食品衛生法、薬事法その他の法律で表示等の規制を受けるところの包装であるのに対し、サービス包装には何らこの種の規制はない。

サービス包装上には、通常、当該小売店名ないしその小売店のロゴマークが表示されているが、その他に関連メーカー名や商標が表示されている場合もある。しかし、あくまで額客サービスのものであるから、内容物たる商品とサービス包装上の表示が必ずしも一致しなくても、文句の言える筋合のものではない。例えばメーカーAが小売店に供与したサービス包装に小売店がメーカーBの同種商品を入れて顧客に渡しても、顧客は特に文句は言えない。同様に、スーパーダイエーのスーパー袋にダイエーのマークや名前の他に例えば「ダイエー○○マーガリン」の表示があったとしても、顧客はスーパー袋の内容物、すなわち自己が買った商品と「ダイエー○○マーガリン」との関連性について特段の関心を示さない。これはサービス包装上の表示は、それが特定の商標の表示であっても、内容物とは関係のない単なる「宣伝」であると見られるからである。このように、サービス包装は、本来、内容物との関連を伴わない単なる顧客サービス用の包袋である。

3、 特に、フアーストフード店で、例えば、ハンバーガーの個々を入れる小袋(発泡スチロール製のものを含む)の如きは、店内消費時には顧客の手の汚れを防止するとともに、持ち帰り客に対しては、持ち帰り用の外袋の中で、ハンバーガーが相互に、あるいは他の商品との接触を生じることを防ぐという役目を果すだけに用いられるものである。

持ち帰り用の外袋自体がサービス包装であることは明らかであるが、このような小袋は内容物との関連のさらに乏しい顧客サービス用のものであって、白むくの紙でもよい。従って、自己の買った特定のハンバーガーが、そのハンバーガー以外の商品名を記した小袋に入れられてサービスされたとしても、顧客としては注文したものが確かに入っている以上特段の疑問を持たない。

本件においては、フアーストフード店「ムツターズ」一号店の開店時に、その開店より二年以上も前の名古屋城博において、名古屋ムツターハム販売株式会社が本件商標とは別商標の指定商品を容れる目的で用意した紙袋の使用残りが、正規に用意した各種袋と併用の形で約一〇、〇〇〇枚使用されたとされているが、このような事実は、本件紙袋が、その上に表示された商標と内容物との間に有意の関係を持たないからこそ可能であったのである。

4、 原判決の判断は、要するに、本件商標とは別異の登録商標が表示されていて、本件商標の指定商品とは別類の指定商品を容れるために用意され使用された本件紙袋の使用残が、「ムツターズ」一号店において、その一部が本件商標の指定商品を容れるために使用され、本件商標と右別商標とは偶々同一の標章であったために、これを捉えて、本件紙袋は本件商標の指定商品の包装に用いられ、本件紙袋に表示されている標章は本件商標に転化したと認定しているのであって、かかる認定は商標法第二条第三項第二号の解釈を誤ったものである。

以上

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